20l系900台運用離脱  
 
2005年10月5日で運用を離脱した20l系900台に関する動きをまとめている途中です

 
総武線時代、一時的な編成替で見られた、試作車トップナンバーと量産車ラストナンバーの顔合わせ

左:クモハ200-90l 右:クハ20l-l55 市川 

   E231系500台に置き換えられた元山手線の205系二段窓車4編成の転入に伴い、 残っていた3編成のl03系と共に運用離脱が見込まれて201系900台ですが、 205系二段窓車が2本転入後、3本目の205系二段窓車が到着するよりも前に、 1本残ったl03よりも先に運用離脱となりました。 
運用最終日
 
   最終日の2005年10月5日は、写真に見られるように、72編成が6l運用、73編成が55運用に、夜も含めて充当されました。 (知人に携帯電話で撮影してもらったものです。画質等は御容赦下さい。)
 翌日の6日は、63運用に5l+K1編成、57運用に205系のl0編成が充当され、 試作車を含む両編成の組み換えが行われました。
 組み換えられた「新」72編成は、7日朝の65運用から営業に入りました。

←蘇我 Tcl04+MM'2l5+Tc'l04+Tcl03+MM'2l3+MM'2l4+Tc'l03 東京→

 組み換えの手間や弱冷房車の設定のためでしょう、新製時の編成とはなりませんでした。

 一方、運用を離脱した試作車は、三連休明けの2005年10月11日に、早速6輌が大宮送りとなりました。
 

Mzcl9+Tc902+M903+M'902+T902+M904+Mc'902+Mzcl3 大宮→
  ATS-Pが無いので幕張区のクモヤl43を使い上記の編成にて回送されました。同じ日に南武線の205系の入場があった模様で、 通常のスジで回送すると大宮着時刻が近接していて入換作業の間合いが取れなくなってしまうので、 途中で時間調整をしながらの回送となりました。南浦和基準で、通常より武蔵野線電車3本分あとの運転でした。 新習志野発はいつもと同じで、東浦和で時間調整をしていた模様です。また、さらに大宮操でも時間調整が行なわれました。 上の写真は、さいたま新都心駅で撮影したものです。 (なお私は大宮操停車中に帰路についたため、大宮到着時刻は確認しておりません。)
 大宮到着後、DLによって大宮運転区に運び込まれ、TcMとM'TMMc'に分割して留置、 TcMは翌12日に大宮総合車両センター内の解体場付近に移動、 13日に埼玉県警と合同で行なわれた「第13回突発重大事案総合訓練」に使用され、 M903の窓やドアを壊して救出作業を行なう訓練が行なわれました。
 
   上の左の写真は訓練翌日の朝の様子です。一番手前で半分だけ写っているのがM903で、 一番左のドアの下部3分の2が訓練で切り取られています。
 一方、残る4輌は13日に大宮総合車両センター内に移動、 大栄橋付近に留置された後(上の右の写真)、14日か15日に解体場へ移動、週明けの17日から、M'902、T902、M904、 Mc'902の順で解体が行なわれ、それに続いて訓練に使用された2輌も解体された模様です。
 
   上の左の写真は16日の昼の様子で、一番手前がM903とTc902、緑色のネットの解体場所に見えるのがM'902です。 上の右の写真は同じ日に高崎線の線路沿いから撮影したMc'902です。
 さらに翌週の25日、残る4輌が大宮に回送されました。 この時は時間調整は無く、大宮(操)を14時14分に発車して大宮に向かっています。
 

Mzcl9+Tc90l+T90l+M902+Mc'90l+Mzcl3 大宮→
   26日現在、大宮運転区に留置中の模様です。なおクモヤ2輌は翌26日に幕張区へ回送(前回は幕張に戻らずに京葉区に戻った模様)、 京葉区には3本目の205系二段窓編成として元トウ3=ケヨ26編成の10輌が、 同じ26日に大宮総合車両センターから回送された模様です。